メディアの隙間から

10数年にわたるPRマン時代の感性をベースに、メディアに日々接する中で感じた??を徒然なるままにつぶやく。2020年末に本当に久しぶりに再開

シンドラー社の記者会見に関する広報的見地からの考察

 6月3日に発生した都営団地でのシンドラー社(Schindler Elevator)製エレベータの事故については、事故直後からの同社日本支社の対応が、設置場所についてのリストを「個人情報保護」を理由に拒否するなど問題視されていた。事故後何度か開かれた記者会見や情報発表については、メディア報道でも厳しい視線が注がれていたのだが、緊急時の広報活動の視点で眺めてみると、非常に参考になるケーススタディとして興味深い。もちろんマイナス効果となった事例としてである。 これは推測だが、恐らく日本支社には経験のあるプロパーの広報担当者がおらず、マスコミ事情に精通したPR会社を起用することもしていなかったのだろう。単なる事故ではない。人一人が死んでいる。当然その反響の大きさを考えると、事故発生の時点から警察とマスメディアを対象とした迅速で正確なアクションが必要であった。しかも今回の事故では、被害者は即死ではなかった。当初意識不明の重傷と報ぜられており、亡くなるまで多少のタイムラグがあったことを考えると、最悪の事態を想定していち早く体制を整える時間的余裕はあったはず。言い方は悪いが、これは同社にとっては不幸中の幸いだったのだ。しかし、実際はどうだったのか。同社の一連のアクションを見ていると、こうしたマイナス広報をきちんと陣頭指揮できる人材はいなかったとしか思えない。同社の慌てぶりや不手際が連日のように報道され、当初の情報開示を拒否する姿勢には、その理由とした「個人情報保護」に対して識者からも疑問の声が上がった。ひたすら社内の混乱振りを浮かび上がらせる結果となったのである。
 そしてそれを象徴したのが、事故後9日を経過して開かれた正式な記者会見だ。出席したのは親会社であるシンドラー社のエレベータ部門責任者ローランド・ヘス氏と、シンドラー・エレベータ社の社長ケン・スミス氏。彼らが経営責任者として何を表明しようとしたのかは、よく分からない。コメントとしては、主に「設計ミスが原因ではない」「管理会社からマニュアルやトレーニング要請があったかどうかは不明」「あったとは聞いていない」といった内容。つまりはほとんど言い訳である。さらに問題は、3時間半になろうとするこの記者会見での二人の経営者のビジュアルというか振る舞いにあった。写真メディアの怖さは、ある一瞬だけを切り取って見せる結果、写り込む状況に関して真実とは異なる印象を見るものに与えてしまうことにあるのだが、まさにこの日の会見風景がそうだった。同じこの週に発行された週刊新潮週刊文春の巻頭に、二人の経営トップを捉えた会見の様子がグラフで紹介されていたが、印象はまったく対照的なものになってしまった。文春のほうは、うなだれて元気なさそうな沈痛な面持ちのお二人であった。ところが、新潮では、ローランド・ヘス氏が口をぽかんと開けてなんだかお間抜け面。隣のケン・スミス氏は意味不明な薄ら笑いとも取れるような、つまり二人揃って緊張感のいかにもなさそうな表情をしているのだ。実際のお二人がどうであったかは問題ではない。そのように見えたのが重要なのだ。当日のTVニュースでも、この種の事故会見ではすっかりおなじみの光景となった日本式の最敬礼がなんだかぎごちなくて妙な印象だった。恐らくは日本法人の誰か、総務畑あたりのアドバイスによる演出なのだろうが、いかにも取ってつけた印象であった。
 妙に日本式の見栄えにこだわる必要はなかったのではないだろうか。冒頭で被害者に哀悼の意をしっかりと表明したら後は軽く一礼とか黙祷とかでもよかったのではと思う。そこだけ日本式にしても肝心の会見の中身は、前述のように「設計ミスが原因ではない」など会社は責任ないですよという欧米式自己主張型の発言になっていたのだから。新潮では、会見の後食事のために別室を用意した彼らを追いかけ、ずっと取材をしていたようだ。そして部屋の中からのどかな笑い声も聞こえた、本当に反省していたのか? といった論調で記事を〆ている。ここから学ぶべきは、こうした会見の場では、関係者が会場に登場してから帰るまで、もちろん会見時間中は言うまでもなく、とにかく徹底して神妙な表情を見せ、発言はゆっくりと100%の裏づけを持てるものだけにする、など基本的な広報戦略にのっとった演出が必要なのである。そして会見で約束したように「事故について深く遺憾の意を抱き、死亡した市川大輔さんに弔意を表して、事故原因究明のため当局への全面協力を実行する」ために、正確な情報を少しでも早くそのつど発表していくことである。また、「シンドラー(のエレベーター)は毎日7億人を安全に移動させている。エレベーターの死亡事故比率はほかのどの乗り物よりも低い」などという発言はしないことだ。