メディアの隙間から

10数年にわたるPRマン時代の感性をベースに、メディアに日々接する中で感じた??を徒然なるままにつぶやく。2020年末に本当に久しぶりに再開

感情に流されない論議が必要

 奈良での女子小学生誘拐殺人事件以来、性犯罪者の前歴情報を警察や地域社会が管理して防犯効果を向上させよう、との動きが目立つ。並行して議論されるのが、人権や個人情報保護をどうするかの問題だ。1月25日付けの読売新聞解説面の大型コラム「論陣論客」で、この二つの問題について相反する立場を持つ二人の論客が意見を交わしている。インタビューの形で展開したが、聞き手を務めた解説部の菅野良司氏によれば、この問題で意見が真っ向から分かれる背景には、「罪を犯した人に対する矯正が有効かどうかという刑の本質に関わる対立が横たわっている」と述べている。そのうえで、性犯罪者の前歴者の矯正が難しいのであれば、新たな被害者を生まないために刑からの復帰後もきちんと監視体制を敷かなければならないだろう。それは社会的な要求の本流となっている、のだという。残念ではあるし不気味ではあるが、事実としてそうした犯罪に見舞われる可能性が確実に社会全体を包み込んでいる状況の中で、被害者の人権と前歴者の人権とのバランスをどうとっていくのかというこれまでの枠組みから脱して新しい状況に向かっていくことは間違いないのだろう。

 前歴者の所在は地域で十分監視べき、と説くのは常磐大学大学院教授で日本被害者学会理事、全国被害者支援ネットワーク顧問でもある諸沢英道氏だ。氏によれば、性犯罪者だけでなく一般犯罪でも殺人や強盗など重罪に相当する前歴者は、一定の条件に合致するものについては登録制度が必要だという。欧米ではすでに制度化されているが、日本では従来刑罰を応報とみるよりも教育とみて、刑務所で矯正が可能だとの姿勢が法務当局にあった。
しかし現在転換期に差し掛かっており、欧米に比べると10年は遅れている、と指摘する。刑期を終えて社会復帰した前歴者への二重処罰にならないだろうか、との問いに対しては問題は前歴者の人権を強調するのではなく、一定の範囲で情報を開示することで、新たな被害者を生まないようにすることが重要だといっている。

 一方、今回の奈良での事件は胸が痛むものではあるが、そうした感情論と前歴者情報の利用に関する理論をきちんと分けて論ずべきだと指摘するのは、明治大学法科大学院教授で女性の安全と健康のための支援教育センター代表理事でもある弁護士の角田由紀子氏だ。特に今回の事件が悲惨なものであるだけに、「なぜ性犯罪者だけ特別になるのか。性犯罪者とはどんな前科を持つ人間なのか、再犯率が高いというがデータはあるのか、などの議論不在のまま気分に流されている」と危険を指摘する。再犯率を見る限り、氏の実務経験に照らすとむしろ覚醒剤や窃盗などのほうが高いのだという。正確なデータをふまえて論議を積み重ねることが必要だと述べる。氏はまた、再犯より初犯を防止することではないか、ともいう。性犯罪が多発する背景には性の自由さ、さらには犯罪的なイメージを漂わせる快楽的な情報が社会の中で氾濫している事実がある。
さらに性犯罪者が生まれる社会的、心理的背景の分析と刑務所などでの実効性のある矯正プログラムの研究も不可欠出、日本では立ち遅れているという。性犯罪は矯正が利かないといわれるが、との指摘に対しては、プログラムの研究や実施もないままでそうした指摘をすることは妥当ではないだろうと語る。

 この2氏の論議に象徴されるように、このところの性犯罪を巡る記事は、ややもすると被害者への同情をかざして「悲劇を繰り返すな」との論調に行きやすい。そのほうが大衆の共感を得やすいからだが、単に感情的に煽るのではなく、あくまで冷静に科学的問題にアプローチすることが重要だ。今後とも犯罪者の矯正、再犯防止だけではなくむしろ性犯罪を生みにくいモラルを社会的に高めることこそメディアの果たすべき役割であるはずだ。欧米に比べて日本では調査報道が評価を得にくい面があるが、性犯罪という社会問題に関して、今後は継続的な調査分析や研究成果を地道に届ける姿勢を再考すべきではないだろうか。