メディアの隙間から

10数年にわたるPRマン時代の感性をベースに、メディアに日々接する中で感じた??を徒然なるままにつぶやく。2020年末に本当に久しぶりに再開

過敏反応はいかがなものか

 このところ個人情報保護法に関する自治体の過剰反応の話題が取り沙汰されている。学校でも連絡網を設けないので保護者がお互いに連絡できずに困っているなどが、話題になっている。確かにプライバシーは大事だし、いたずらに個人情報が流出する事態は避けなければならない。また子供を不審者や凶悪犯罪から守るためにも、情報管理は必要だろう。しかし過剰反応は、時に可笑しさを通り越して、子供たちに人間不信を植え付けかねないとの危険性を感じさせてしまう。21日付の朝日新聞の投書欄の「見知らぬ男が娘を勝手に写す」と題した一文である。女の子を連れた母親が秋祭りに出かけてちょっと目を放している間に、浴衣姿の娘を見知らぬ髭面の男がカメラで撮影したのだという。驚いて警察に事情を話したら、相手にされず捜査もしてくれなかったのだとその母親は不満を述べていた。警察は、日頃から子供を不審者から守ろうといって言っているのに、いざとなったら聞く耳を持たない。そうした不審者を放置してはいけないのではないかと言うのだが、果たしてどうなのだろうか。神経過敏ではと思ってしまうのだが。
 この投書で触れている事実は、「髭面の男が浴衣姿の娘を無断で写真撮影した」だけなのだ。もしかしたら、娘さんは何かしら怪しげな言葉を投げかけられたとか、触られたとかしたのかもしれない。それなら多少母親が心配するのも理解できるところもある。しかし少なくとも投書では、その点は触れていない。先の記述だけなのである。それを根拠に、その撮影者を不審者と断ずるのは果たして冷静で的確な判断なのだろうか。その母親は、日頃から娘に不審な人物を遠ざけるようにしつけているようだが、果たして? 祭りは晴れの場である、人々は浮き立って開放的になっているだろうし、写真好きにとっては、面白い素材が期待できる場でもある。浴衣姿の可愛い女の子がいれば、ついレンズを向ける気にもなるかもしれない。もちろん時節柄本人の承諾を得る配慮も必要だろうが、ついシャッターを切ったからとて責めるに値するだろうか。昔だけでなく、今でも電車の中やショッピングセンターなどで、可愛い子供に向かってつい声をかけているお年寄りを目にすることは珍しくはない。そんな素朴な人情の触れ合いまでも拒絶してしまい、子供に知らない大人を見たら不審者と思え、と教えなければならない時代はなんとも寂しい。