メディアの隙間から

10数年にわたるPRマン時代の感性をベースに、メディアに日々接する中で感じた??を徒然なるままにつぶやく。2020年末に本当に久しぶりに再開

子供のために何かしなければ

 教育再生会議のまとめた子育て指針である「親学」についてのメディアの評価は、総じて批判的なものが多い。今回提示された内容には「母乳で育児を」「父親もPTAに参加を」「親子でTVではなく演劇鑑賞を」といった事柄が盛り込まれており、これに対して27日付の毎日新聞では1面のコラムで、誰でも思いつきそうな指針をあてがえば解決できるという発想が腑に落ちない。人間観の貧困の表れでなければ幸いだとも述べている。確かにその通りの面はある。当たり前のことを羅列したに過ぎないとも取れることは確かだ。しかしである。その裏側にちょっと視線を送ってみたらどうだろう。つまり、かほどに当たり前のことを目標として掲げなければならないほどに、今の親達は常識的なことができていないのではないか、ということだ。こんな当たり前のことを並べるよりも、もっと論を尽くして有効な策を見出すべきではないか、拙速はよくないという論調もあるようだ。果たしてそうした指摘を額面通りに受け取っていいのだろうか。
 教育再生会議の面々には、実はメディアや知識人たちが考えるよりもずっと切実な危機感が強いのではないだろうか。教育についての経験豊富な人材が集まったにしては、出てきた答えがなんとも安直である、との指摘は当事者である委員達はすでに先刻承知なのではないだろうか。さらに高度な施策を講ずるための時間をかけるより、今大事なことは何かひとつでも具体的にすべきことを明示すること、そして一刻も早く実行すること。子供達のために何か実行しなければ、そんな危機感を強く抱いた結果としての今回の答申ではなかっただろうか。