メディアの隙間から

10数年にわたるPRマン時代の感性をベースに、メディアに日々接する中で感じた??を徒然なるままにつぶやく。2020年末に本当に久しぶりに再開

銀次のつぶやき「伝説のメロンバン編」

銀次という男がいる。筆者とは10年来の知り合いで、やくざではないのだが悪徳不動産屋の手伝いで地上げ屋まがいのことをしたり、ちょっと危ない稼業も引き受けるような中年男だ。外見はまったく普通のおじさん風。正体は不明といったほうが正解だろう。
 銀次という名前ももちろん本名ではない。本名は筆者も知らない。聞くところでは、若いころに舞台役者をやっていたことがあるらしく、演じた役名が銀次だったので、以来この名前を気に入って使っているのだという。(ひょっとして、「鎌田行進曲」なのだろうか?・・まだ確認はしていない)
 知り合ったのは行きつけの近くのスナック。カウンターの端っこが彼の指定席だ。決してボックス席には座らない。「いや〜、俺はここでいいんだよ」と静かに恥ずかしそうな笑顔を浮かべながら、いつも何かしら本を読んでいる。こうした店でママや女の子と話もせずに、本ばかり読んでいるような客はあまり歓迎されないものだが、彼だけは例外だった。私も芝居をやっている関係で、それがきっかけで急に親しくなったのだが、以来この銀次のしゃべってくれる話が面白くて折りに触れて書き留めてきた。その中でも彼言うところの「決して人様に迷惑をかけることではないのだが、ちょっとしたヘマで数ヶ月警察のご厄介になった」時の体験談が得がたいものだったので、それをご紹介していこう。
 
 ある時、ひょんな展開で「メロンパン」に話が及んだことがある。その時、懐かしい昔話を思い出すように話してくれた。横浜の地検には伝説とも言える不味いメロンパンがあるのだという。横浜市内には各区にひとつずつ所轄の警察署があり、そこに厄介になっている連中は、警察の調べのほかに地検に移送されて検事の調べを受ける。この調べはそれぞれに内容が違い、時間もまちまちだ。だからひとつの所轄署から移送されてきても誰か一人調べが長引いたり、検事の都合で遅い時間から始まったりすると、たとえ早く終わっても待っていなければならない。当然この待ち時間の間に昼食が支給される。小さなパック入りの牛乳とビニ袋入りの菓子パンだ。菓子パンはあんぱん、クリームパンなどさまざまだがどちらかといえば甘系。コロッケパンや焼きそばパンはない。そして3個入りのこの袋の中に必ず入っているのが伝説のメロンパン。組み合わせはいろいろなのだが、なぜかこのメロンパンだけは必ず入っている
 
 さてその味である。メロンパン独特のあの香りだけは辛うじてあるらしい。ぱさついてぼそぼそしているというようなことでもないようだ。ただどうにもメロンの味はしないし、さして甘くはない。無味乾燥な荒涼感が口の中に広がるのだという。世に旨い食い物、不味い食い物は数多あるが、その不味さを「口の中に広がる救いようのない荒涼感」という言葉で表現しなければならないパンというのは一体どういう代物なのだろうか? 私はメロンパンが好きだ。どのパン屋であれコンビニであれ、ずいぶんといろいろなところでたくさんの種類を食した。とても美味しくて、その地を訪れた折りには、必ず買ってしまうほどの作品もある。う〜んどうも、との評価を下さざるを得ない外れもあった。しかし、それほどに酷評の対象となってしまうメロンパンにはかつてお目にかかったことはない。地検を訪れる被疑者のほとんどが、残してしまうという。だから実際はビニ袋にはパンは二個しか入っていない勘定になるのだ。銀二が言うには、だからそのメロンパンには被疑者たちのほとんど憎悪といってもいいほどの感情がぶつけられのだという。だからといって壁にぶつけるのでもない。そんなことをすれば、どんなぺネルティを受けるか知れたものではない。手で適当にちぎって袋の中に戻し、断固食わないぞ!との固い意思表示を込めて突き返すのだそうだ。ああ〜、それほどに憎悪の対象となるメロンパンとは一体? なんだか無性に気になってしまった。何とか一度でいいから食してみたい。そしてわが口中に広がる荒涼感を噛み締めながら、お前はこの世に生まれてこなければよかったね、などと言葉をかけてやりたい。でも難しいだろうな〜。