メディアの隙間から

10数年にわたるPRマン時代の感性をベースに、メディアに日々接する中で感じた??を徒然なるままにつぶやく。2020年末に本当に久しぶりに再開

いじめを巡る真実の光と影

 このところ小学校や中学校で、いじめを原因とする子供達の自殺が相次いでいる。何故それほどまでに些細なことで自殺なんかするのだろうと、痛ましさとともになんともいえずやりきれない気持ちに襲われる。もう少し考えるなり誰かに相談するなりして踏みとどまることはできなかったのか。厳しい言い方になるが、自殺というだいそれた行為を安易に考えていると思えてならない。親や教師は、絶えず子供達の周囲に気を配って、命の大切さを説くとともに、いじめに遭っている子供に対しては、いつでも味方であることを表明し続けることが重要だ。それと関連して気になるのが、いじめの被害者と加害者の自覚に温度差が見えること。つまりいじめの多くが、被害者にとっては深刻であっても、加害者にすればちょっとした遊び感覚から発していることが少なくない。それと最近のいくつかの報道によれば、教師がいじめに加担する事件が多発しているのだが、これにも眼を凝らして事実の背景にある真実を見つめなければならない。メディアに従事する者は、この種の報道に際しては、くれぐれも筆を滑らせてはならない。表面的な事実ではなく、その裏に潜む真実をあえて淡々と正確に書くことを目指すべきだ。こうした報道に接して一般大衆が抱く感想は、いじめを助長するような教師への憤りであり、それら不謹慎な行為を隠蔽しようとする教育委員会なり学校の姿勢への義憤である。それを背景に、かさにかかるような扇情的な筆致は謹まなければならない。
 27日付けの読売新聞によれば、東京都の教育委員会がいじめに加担した教師を免職処分にすることを決定した、との記事に並んで、鹿児島県奄美大島の中学で不登校の1年の女子生徒が担任の乱暴なふるまいにより自殺未遂を起こした事件が報ぜられていた。しかし、この事件記事の書き方でいくつか気になった点がある。記事では、「不登校になっていた女子生徒の自宅に上がり込み、生徒がかぶっていた布団を引きはがして『学校に行くのか、行かないのか』などと迫り、その直後生徒が首吊り自殺を図っていたことがわかった。生徒は一命を取り留めたが、校長は不適切な行動だったと教諭の対応に問題があったことを認め、件の教諭が生徒と両親に謝罪することになった」となっている。さらに記事を追ってみよう。この生徒は今年6月頃、部活に関して顧問の女性教諭から全部員の前で叱責され、その後生徒は退部、2学期から不登校になったという。担任の男性教諭は女子生徒が一人で在宅中に突然訪問し、「学校に行く気になったら連絡しろ」などと話した。生徒はショックを受け、すぐに父親の携帯電話に連絡し、「私もうだめ」などと訴えた。父親が帰宅すると生徒は廊下で泣きじゃくっており、それは首吊り自殺を図った後だったという。
 ここまでの記事で気になる点を挙げよう。不登校の生徒を放っておく教師はいないだろう。普通なら、家庭訪問をして近況を確認し、できるだけ登校するよう促すだろう。件の教諭が今回訪問したのも、その辺の教師としての勤めを果たそうとした結果ではないのか。論調は、生徒が一人の時を狙って、押しかけたごとき印象を与えないか。この記事を書いた記者は、教諭本人に会って自宅訪問の際の状況を確認したのか? 生徒には、電話でもいいから直接その時の様子を聞き取りしたのか? 状況を考えればそれは難しい、などという理由付けはいらない。したのか、あるいはしようとの思いはあったのか? 次に訪問当日の筆致だ。「自宅に上がり込み、布団を引きはがした」とあるが、この文章から受ける印象はどうだろう。これは仮定であるが、普通に自宅訪問して声をかけたが、応対に出てこない。そこで家に上がった。しかし生徒は布団をかぶって応じようとしない。そこで布団をどけて顔を見ての話をしようとした、とは考えられないだろうか。もちろん、家人がおらず、女子生徒が一人でいるところへ上がるのは、一般的に考えても例を失した行為、と指摘されても止むを得ない。しかし、布団を引きはがし迫った、のは真実なのか? それを知るのは、当の生徒と教師の二人しかいないのである。この点に関してどの程度裏を取って記事にしたのだろうか。その辺が見えないままであれば、扇情的な筆致の記事、としか思えないのだ。さかのぼって、部活を巡って顧問の教諭が全部員の前で叱責した、とのことだが原因はなんだったのか。それによっては、部活も教育の一環であれば、他の部員がいるところで叱責することもありうるのではないかと思えてしまう。
 読者の皆さんには誤解しないでいただきたいのだが、筆者は別にこの教諭の肩を持つのでもなければ、生徒を疑うのでもない。しかし、部活で叱られたことが原因で不登校になり、先生に自宅に来られて布団をはがされたことで自殺するのだろうか。今の子供はそれほどやわなのだろうか。自殺するというのは大変なことだ。あえて言えば、この程度で自殺の動機になるのだろうか。分からない。だからこそ、メディアは事実を表層的に追うのではなく、その背景にある真実をきちんと見通す眼とそれを正確に書く筆を持って欲しいのである。そしてもう一つ大事なことは、今の子供達がこんなにも簡単に自殺したがる背景をきちんと分析し、その対策を学校、教師、保護者、何より子供達自身が一体となって考えていかなければならない。