メディアの隙間から

10数年にわたるPRマン時代の感性をベースに、メディアに日々接する中で感じた??を徒然なるままにつぶやく。2020年末に本当に久しぶりに再開

「もんじゅ」事故に見る相変わらずの形式応答と取材

 少し前の読売新聞紙面に、高速増殖炉もんじゅ」のナトリウム漏出事故をめぐって自殺した旧動燃の元社員で内部調査担当者の遺族が、自殺の原因は記者会見で虚偽の発表を強要されたため、として約1億4800万円の損害賠償を求める訴訟を起こした、との記事が出ていた。
 事故(あるいは事件?)の概略と訴訟に至る遺族の論拠などに続いては、被告となった動燃=現・核燃料サイクル開発機構の広報部の話として「訴状の内容を把握していないので、現時点ではコメントは控えたい」とのいう、この種の報道のいつものお決まりの台詞で締めくくられていた。これは「ノーコメント! 答えたくないです。」と言うのと質は同じだろう。そんな決まりの台詞を引き出すのが取材なんだろうか。あるいは別の訴訟では「訴状を見ていないのでなんとも言えない」とのコメントも常套句として使われる。この件を取材した記者は多分、それが取材であり自分は新聞記者としての仕事を果たした、と思っているのだろう。他の多くの記者がそうであるようにだ。そういう取材なら、広報担当者は楽なものだ。
 ありきたりの企業からのコメントに「では、何時訴状をお読みになるのですか? 訴状をお読みになった後ならコメントをいただけますか? そのときに又取材させてください」こんな風に一歩踏み込んで聞いたことがあるのだろうか。
 
 もともとこの事件というか事故は、1995年12月8日に発生したもの。事故発生の6時間半後には事故現場を動燃がビデオ撮影しており、それを隠していたことが後に発覚して今回の訴訟の対象となった自殺した元社員が内部調査を命じられた。この元社員氏は、自分の会社の不祥事を自らの手で暴かなくてはならなかったわけで、さぞややりにくかったことだろう。しかし彼は自分の役割を忠実に果たした。その結果、事故の翌日に動燃の本社幹部がビデオを見ていたことを突き止めたのだ。それが12月25日のこと。
 ところが、年明けて1月12日に開かれた記者会見の場でこの元社員氏は、「本社がビデオ隠しに関与したのは1月10日」と自らの調査で把握した事実とは異なる証言をすることになる。その翌日、飛び降り自殺してしまった。原告である遺族は「動燃は、発表の遅れを批判されるのを避けるため、虚偽の説明を強制した。これは雇用主として安全配慮義務違反である」との論点を展開するが、むしろもっと積極的に強要ないしは、そうするよう脅迫めいたことさえあったかもしれない。もちろんこれはあくまで推測の域をでないが。しかし、本人のその頃の会社内での環境を綿密に調査、取材すれば事実をあぶり出すことは必ずできるはずだ。それをするのがジャーナリストの役目だと思うのだが。最近はそうでもないらしい。いわゆる広報発表をそのまま載せて記事になるのだから。